京北教会ブログ──書庫(2010.8〜2019.7)

日本基督(きりすと)教団 京北(きょうほく)教会 公式ブログ (保存資料)

<同志社教会を訪れて2011>京都南部地区「新年合同讃美礼拝」

 
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 ──同志社教会を訪れて──
2011年 1月1日(土)

元旦、京都南部地区の新年合同礼拝


 2011年1月1日(土)元旦の日に、
 日本キリスト教団 京都南部地区の主催で、
 「新年合同讃美礼拝」が同志社女子部の栄光館
 (ファウラー・チャペル、ファウラー講堂)で行われました。

 上の写真は、栄光館の全景。
 ここは日本キリスト教団同志社教会の、
 毎週の礼拝を行う礼拝堂でもあります。

 雪が降った栄光館の姿。



 
 ★その他に、各地の様々な教会などを訪れた記録の、
  「あちこち訪問記」があります。
  下記アドレスをクリックするとご覧いただけます。
            「あちこち訪問記」



 


 
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 栄光館は同志社大・女子大などの「講堂」として、
 学校行事に多目的に用いられています。

 この日の栄光館の壇上には、礼拝用の配置がなされていました。

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 栄光館の座席数は、一階が1000席、二階が600席と聞きました。
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     パイプオルガン。素晴らしい音色と響き。
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 この栄光館は、毎週日曜日には、
 創立130年を越えた「同志社教会」の、
 日曜日の礼拝に毎週用いられています。

 現在の同志社教会の、毎週の礼拝の平均出席数は、
 だいたい80人台だったと記憶しています。

 同志社教会は学校の創立以来の伝統を持っていると共に、
 専用の礼拝堂を持たない教会です。

 通常はこの栄光館で礼拝を行うので、毎週日曜日の朝に、
 看板や礼拝の受付用具や、大きな週報棚や、
 備え付けの聖書・讃美歌など一式を、
 館内にある収納場所から出してきて、
 同志社教会のみんなで協力して、配置場所に並べます。
 そして、礼拝が終わるとまたみんなで協力して、しまいます。

 しかし、学校の行事などが日曜日にあると、栄光館が使えません。
 そんなときが年に何回もあり、そのときには、
 栄光館とは別に、学校側の措置として使わせていただく、
 校内の別の場所まで、教会としての週報棚などたくさんの必要品を、
 手押し車に載せてその場所へ運び、並べます。
 そして、礼拝が終わると、また運んで収納場所に収めます。

 以上のことは、とても大変なことです。
 けれども、教会員の皆さんが率先して働き、
 信徒・教職・神学生らが協力しあって、
 それらの大変な作業を、
 毎週日曜日にこなしていた様子を記憶しています。

 そして、そこに喜びがあったことも、いま、思い出しています。

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 栄光館(エルドリッジ・ファウラー・チャペル、ファウラー講堂)は、
 平日や日曜日の午後には、同志社女子大・女子中高の行事や、
 同志社関係の様々な活動に用いられています。

 また、同志社大学の卒業式や講演会などにも用いられています。
 実に大勢の人たちが、このチャペルで礼拝をしてきました。

 さきほどの館内の写真は、元旦の礼拝のずっと前の時刻に写しました。
 だから、人があまり写っていません。
 このあと、どんどん人が入ってきました。

 京都南部地区の「新年合同讃美礼拝」は、
 昨年は235名の出席でした。
 今年はどれぐらいの人が出席したのか、聞き忘れました。

 今回は、元旦が土曜日であることと、
 前日の大晦日に大雪が降ったことによって、
 出席者はかなり少ないのでは? と予想していましたが、
 思ったよりも、ずっとたくさんの方が来られました。
   あちこちの教会・伝道所から、寒いなか、多くの方が来られました。

 礼拝が始まると、皆さんが歌う讃美歌の声が大きくあがりました。

 元旦に明るい声が大きなチャペルに響くと、それだけでうれしくなります。

 
イメージ 7 上は、栄光館の中に置かれている聖書朗読のための木製の台。
 とても年季の入っています。いつから使われているのでしょうか? 

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 下部には、「我即途也」「我即真也」「我即命也」と彫られています。
 これらは、ヨハネによる福音書14章6節、
 「私は道であり、真理であり、命である」の漢文表記でしょう。
 このような表記を、ここで初めて見た人も多いのではないかな。

 この、日本(東アジアの漢字文化圏)の伝統に則した、
 漢文表記による聖書の言葉を見たときに、
 キリストの福音(良き知らせ)が、
 日本の地に根を降ろし始めた時代の、
 凛とした「作風」を感じました。

 キリスト教のあるべき姿とは、
 欧米の文化・雰囲気にかぶれることではなく、
 聖書と教会の、信仰の恵みに出会った人が、
 それを、すでに自分の知っている最も良いもの・大切なものを通じて、
 心からの表現をし、それを多くの人と共有していく姿、
 そういうことではないか、と思わせてくれました。

 時代と地域と文化を越えた信仰があります。
 その信仰を伝える、礼拝がここにあります。
 学問の場、教育の場である学校と共に。

 そう信じたいと思いました。

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 構内にて。大雪のつもった中に美しく咲く花。


 元旦に、多くの人々と共に礼拝することができて、
 うれしかったです。

(礼拝の開始前に構内で撮影した写真を、このブログに掲載させていただきました。
   新年合同讃美礼拝の主催者である日本キリスト教団京都南部地区、
 この礼拝に会場を提供してくださった同志社女子大学
 元旦の朝からの会場準備ほか、様々にご尽力いただいた同志社教会など、
 この礼拝の関係者の皆様に感謝いたします)


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 元旦の礼拝からの帰り道に車の中から撮影。

 大文字に雪がつもって、白い大文字になっている。

 珍しい光景かも?

(このブログのこの箇所で、当初「大文字焼き」という表記をしていましたが、
 その表記は、極めて表面的な表現なので、京都の住人からは好まれておらず、
 その行事にこめられた信仰的な意味を正確に表すには、「大文字五山送り火」、
 または単に形をいうならば「大文字」と表記することが適切ではないか、
 との懇切丁寧な、心のこもったご指摘をブログ読者から直接いただきました。
 ありがとうございました。そのようにさせていただきました)

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 帰ってくると、教会の庭に、住居の窓を通してつもった雪が見え、
 そして庭の夏蜜柑の橙色や、紅い花の色が、雪の中に輝いていました。

 寒い日の光景も、部屋の中から見ると、違った印象で見ることができます。 白い雪の中にほんのり浮かぶ橙や紅の色に、暖かさを感じて。

 寒い冬の中でも、自然が私たちに与えてくれるぬくもりに気づきました。


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雪のあとの京北教会。
 
元旦の礼拝を終えて、ここに帰ってきました。
 
ここがわたしたちのところ。
 
暖かいところ。